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鈴木章治さんが11年間愛用したクラリネットで吹いています。

お亡くなりになってから、ショックで何十年もケースから出していませんでした。

本当の意味のクラリネットの再開は、この7年前になります。

楽器は、クランポンRC 。1977年製。もう48年前のものです。

クランポンのRCが世に出て、すぐの頃のものだと
後に製造番号から判明しました。

なぜ私のような小学生に(当時)譲ってくださったかは分かりませんが、この大切なご縁を鈴木章治さんファンの方と、また、音楽、クラリネットが大好きな方と一緒に共有したく、このチャンネルをつくりました。

たいした演奏はありませんが、続きは本編でご覧くださいませ。

以前に、ブログに書いた記事が出てきました^ – ^
貼り付けます。
↓
私は小学生の頃、父の聴いていたCDの影響で鈴木章治さんの大ファンになった。
最初は台湾製のプラスチックのクラリネットで地元の先生に習った。家に帰るとリズムエースのCDを片っ端から聴き、CDに合わせて吹くのが大好きだった。小学三年の時に聴いている音がわかるようになったので楽譜なんて必要なかった。耳コピーでアドリブも全て覚えた。夜眠る時も寝室でリズムエースのCDを聴いていたなぁ。鈴木さんのプロフィールからCDの曲目解説から、私は一言一句覚えた。6年の授業中はCDの解説を覚えようと学校の机の中にまで入れていたにひひ
そんなある日、父から『六本木のバードランドに鈴木章治さんが出てるから行こう』と誘われたのがきっかけ。私は当時6年生だったが身長が大きかったので少しだけ大人びた格好をし、父とジャズのナイトクラブに行った。

鈴木さんは私を見つけるとすぐに私達のテーブルに来て話しかけてくれたひらめき電球
『クラリネットやってるの?ジャズ好き!?』などと聞かれたのを覚えている。
私は緊張でほとんど話せずいつも父が話してくれた。すると『楽器何使ってるの!?』と聞かれ答えると
『楽器はなるべく最初から良いものを使わないと悪い癖がついちゃうよ』と教えて頂いた。
父がいくらぐらいのものが妥当か尋ねたら『今使っている楽器今度持ってきて、見てあげるから』と
言われた。次に持って行くと私の楽器を吹いてくれ、鈴木さんが自分の楽器を差出し『吹いてごらん』と。吹くと『いい音するでしょ。良い楽器を使うともっとよくなるよ。でもこの楽器もいい音するね音譜』と。
そして『プロの人が使った楽器で良いのが手にはいるかもしれないから聞いておくね』と言われた。

それから少し経って自宅に電話が入った電話
待ち合わせの赤坂見附のアマンドへ行った。着いてすぐに2階席に上がった。
すぐに『これなんだけど・・・』と言ってケースを出してくれた。黒いケースカバーを空けると、朱色の皮のケースが見えた。中にはビニールで個別包装されたクラリネットが!!オーバーホールに7万かかったと言われてました。
父が『プロの方ってどの方なんですか?』と聞くと鈴木さんは真面目な表情で『僕の』と言う。
『僕が若い頃使っていた。この辺も真っ黒だったけど全部きれいにしたの』と言っていた。
父と私は驚きのあまりしばらくパニックだった。

ケースのポケットには税関で証明する『外国製品をお持ちの方へ』の証明書が。
私の楽器の製番とは違う番号のものだったが入っていることを言うと、『記念にあげるよ』と言われたのを覚えている。これは今も大切にとってある。
マウスピースはセルマー、リガチャーは真鋳で錆びており、キャップはゴールドだった。
マウスピースに文字のような傷があったのを父が見つけた。『傷じゃなくてこれはわざと傷つけてあるのでは』と。次にあった時に鈴木さんに聞くと『あれは昔彫った』と教えてくれた。

バードランドでは時々、お客さんがリクエスト曲を紙に書いて渡す。私はよくリクエストをしたな。
古い曲やライブでは演奏されなくなった曲を私がリクエストすると、必ずその曲を演奏してもらえた。
バードランドの裏側(料理人が出入りするような廊下)やリズムエースのメンバーが使っている席に
よく通され、吹き方や指の運びを教わった。リードもたくさん頂いた。その頃の私に合うリードをリードケースから出してくれた。
スケールの練習に良い教則本があると教えてもらい、カールフューチャーという出版の教本を取り寄せた。後日それを持ってくるよう言われ、バードランドに行った時に見せると『これじゃないなぁ』なんてこともあった。

また、ある時には『40周年のコンサートビデオをダビングしたのがあるからあげるよ』と四谷駅の橋の辺りで待ち合わせした。そして横須賀芸術劇場など、バードランド以外の会場でのコンサートも楽屋に必ず通してもらえた。今となっては全てが懐かしい想い出だ。

中学3年になると勉強と部活が忙しく、バードランドに行けない日が時々あった。
そんな時は父が一人で行った。特に私が具合悪くて行けなかった時父がそれを伝えると、鈴木さんは『かわいそう、かわいそう』と残念がっていたと言っていた。

そんなある日コンクールの練習に追われていた頃の突然の訃報。

母方の祖母から連絡があった。『今TBSラジオで鈴木章治さんが亡くなったと聞いた。それとも聞き間違え?』と。母から聞き、私はショックで二階の子供部屋に行き、枕をかかえて大声で泣いてしまった。何がなんだかわからなかった。体調が悪いというような情報は聞いていなかったから。
父が鈴木さんの自宅に電話したところ、やはり祖母の聞き間違えではなかった。マネージャーの方から『良かったら来てください』と言われ、私はしばらく泣いていたが制服に着替え四谷へ向かった。お花を買い自宅へ向かった。

そこはビルの3階。どこかの局の取材班が玄関のドアで待機していたが優先的に中に通してもらった。身内の方が何人かいて、部屋の真ん中に鈴木さんがいた。私は信じられなかった。お顔も透き通るようにきれいで白魚のような細くて長い指を見て涙がこみ上げてきた。
あんなに早く動いた指があんなにきれいだった音が、もう無いなんて・・・。
自分が目標にして憧れていた人がもういない、その絶望感はとてつもなかった。

お葬式も行った。
会場に着くと『煙が目にしみる』が流れていた。有名なミュージシャンがたくさん弔問に訪れていた。泣きすぎてフラフラしてしまった。帰りに喫茶店へ入った。父と鈴木さんとの想い出を話し合った。
『鈴木さんの最後の数年間にこうして出会えたこと、感謝しなきゃね。若いあなたに愛用していた楽器を譲ってくれたのは特別な想いがあるはずだよ。この楽器をたくさん吹いてあげることが章治さんへの供養になるから』と言われたのを覚えている。

鈴木章治さんの音色はクラシックの演奏家でも出せないような本当にきれいな音色。
芯があって何とも言えない音。アドリブや曲間のオブリガード等もすばらしいセンスだった。
真面目で優しくて本当に素晴らしい方だったので非常に惜しかった。
本当のクラリネットはこういう音だよ、とか本当のジャズってこういうんだよというのを教えてもらえた気がする。この出会いこそが私の音楽の原点だと思う。9月10日の命日になると必ず思い出す。
私にとってこのクラリネットは普通の楽器ではなく、想い出がたくさん詰まった『宝物』です。

#鈴木章治 #クラリネット #ザピーナッツ

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